2008年08月20日
俺には真似ができない
先日亡くなられた赤塚不二夫さんの葬儀でタモリさんが
読み上げた弔辞は白紙のものであった事が事実であると
今日のYahoo!ニュースで報じられた。
以下はそこから抜粋でタモリさんが読み上げた全文で
あるが、アドリブながらここまで完璧な弔辞はさすがの
一言。
俺には真似できません。
タモリさんの才能に改めて驚かされました。
◆タモリ弔辞全文◆
弔辞
8月2日にあなたの訃報に接しました。6年間の長きに
わたる闘病生活の中で、ほんのわずかではありますが
回復に向かっていたのに、本当に残念です。
われわれの世代は赤塚先生の作品に影響された第1
世代といっていいでしょう。あなたの今までになかった作
品や、その特異なキャラクター、私たち世代に強烈に受け
入れられました。10代の終わりからわれわれの青春は
赤塚不二夫一色でした。
何年か過ぎ、私がお笑いの世界を目指して九州から
上京して、歌舞伎町の裏の小さなバーでライブみたいな
ことをやっていた時に、あなたは突然私の眼前に現れま
した。その時のことは今でもはっきり覚えています。赤塚
不二夫が来た。あれが赤塚不二夫だ。私を見ている。
この突然の出来事で、重大なことに、私はあがることすら
できませんでした。終わって私のところにやってきた
あなたは、「君は面白い。お笑いの世界に入れ。8月の
終わりに僕の番組があるからそれに出ろ。それまでは
住むところがないから、私のマンションにいろ」と、こう
言いました。自分の人生にも他人の人生にも影響を及
ぼすような大きな決断を、この人はこの場でしたのです。
それにも度肝を抜かれました。
それから長い付き合いが始まりました。しばらくは毎日
新宿の「ひとみ寿司」というところで夕方に集まっては深夜
までどんちゃん騒ぎをし、いろんなネタを作りながら、あなた
に教えを受けました。いろんなことを語ってくれました。
お笑いのこと、映画のこと、絵画のこと。他のこともいろいろ
とあなたに学びました。あなたが私に言ってくれたことは、
いまだに私にとって金言として心の中に残っています。
そして仕事に生かしております。
赤塚先生は本当に優しい方です。シャイな方です。麻雀
をする時も、相手の振り込みであがると相手が機嫌を悪く
するのを恐れて、ツモでしかあがりませんでした。あなたが
麻雀で勝ったところを見たことがありません。その裏には
強烈な反骨精神もありました。あなたはすべての人を快く
受け入れました。そのためにだまされたことも数々あります。
金銭的にも大きな打撃を受けたこともあります。しかし、
あなたから後悔の言葉や相手を恨む言葉を聞いたことは
ありません。
あなたは私の父のようであり、兄のようであり、そして
時折見せるあの底抜けに無邪気な笑顔は、はるか年下
の弟のようでもありました。あなたは生活すべてがギャグ
でした。たこちゃん(たこ八郎さん)の葬儀の時に、大きく
笑いながらも目からはぼろぼろと涙がこぼれ落ち、出棺
の時、たこちゃんの額をぴしゃりと叩いては、「この野郎、
逝きやがった」と、また高笑いしながら大きな涙を流して
いました。あなたはギャグによって物事を動かしていった
のです。
あなたの考えはすべての出来事、存在をあるがままに
前向きに肯定し、受け入れることです。それによって
人間は、重苦しい陰の世界から解放され、軽やかになり、
また、時間は前後関係を断ち放たれて、その時、その場が
異様に明るく感じられます。この考えをあなたは見事に
一言で言い表しています。すなわち、「これでいいのだ」と。
今、2人で過ごしたいろんな出来事が、場面が、思い
浮かんでいます。軽井沢で過ごした何度かの正月、
伊豆での正月、そして海外への、あの珍道中。どれもが
本当にこんな楽しいことがあっていいのかと思うばかり
のすばらしい時間でした。最後になったのが京都五山の
送り火です。あの時のあなたの柔和な笑顔は、お互いの
労をねぎらっているようで、一生忘れることができません。
あなたは今この会場のどこか片隅で、ちょっと高い所
から、あぐらをかいて、ひじを付き、ニコニコと眺めている
ことでしょう。そして私に「おまえもお笑いやってるなら
弔辞で笑わしてみろ」と言ってるに違いありません。
あなたにとって死も1つのギャグなのかもしれません。
私は人生で初めて読む弔辞が、あなたへのものとは
夢想だにしませんでした。私はあなたに生前お世話に
なりながら、一言もお礼を言ったことがありません。それ
は肉親以上の関係であるあなたとの間に、お礼を言う時
に漂う他人行儀な雰囲気がたまらなかったのです。
あなたも同じ考えだということを、他人を通じて知りました。
しかし、今、お礼を言わさせていただきます。赤塚先生、
本当にお世話になりました。ありがとうございました。
私もあなたの数多くの作品の1つです。合掌。
平成20年8月7日、森田一義
読み上げた弔辞は白紙のものであった事が事実であると
今日のYahoo!ニュースで報じられた。
以下はそこから抜粋でタモリさんが読み上げた全文で
あるが、アドリブながらここまで完璧な弔辞はさすがの
一言。
俺には真似できません。
タモリさんの才能に改めて驚かされました。
◆タモリ弔辞全文◆
弔辞
8月2日にあなたの訃報に接しました。6年間の長きに
わたる闘病生活の中で、ほんのわずかではありますが
回復に向かっていたのに、本当に残念です。
われわれの世代は赤塚先生の作品に影響された第1
世代といっていいでしょう。あなたの今までになかった作
品や、その特異なキャラクター、私たち世代に強烈に受け
入れられました。10代の終わりからわれわれの青春は
赤塚不二夫一色でした。
何年か過ぎ、私がお笑いの世界を目指して九州から
上京して、歌舞伎町の裏の小さなバーでライブみたいな
ことをやっていた時に、あなたは突然私の眼前に現れま
した。その時のことは今でもはっきり覚えています。赤塚
不二夫が来た。あれが赤塚不二夫だ。私を見ている。
この突然の出来事で、重大なことに、私はあがることすら
できませんでした。終わって私のところにやってきた
あなたは、「君は面白い。お笑いの世界に入れ。8月の
終わりに僕の番組があるからそれに出ろ。それまでは
住むところがないから、私のマンションにいろ」と、こう
言いました。自分の人生にも他人の人生にも影響を及
ぼすような大きな決断を、この人はこの場でしたのです。
それにも度肝を抜かれました。
それから長い付き合いが始まりました。しばらくは毎日
新宿の「ひとみ寿司」というところで夕方に集まっては深夜
までどんちゃん騒ぎをし、いろんなネタを作りながら、あなた
に教えを受けました。いろんなことを語ってくれました。
お笑いのこと、映画のこと、絵画のこと。他のこともいろいろ
とあなたに学びました。あなたが私に言ってくれたことは、
いまだに私にとって金言として心の中に残っています。
そして仕事に生かしております。
赤塚先生は本当に優しい方です。シャイな方です。麻雀
をする時も、相手の振り込みであがると相手が機嫌を悪く
するのを恐れて、ツモでしかあがりませんでした。あなたが
麻雀で勝ったところを見たことがありません。その裏には
強烈な反骨精神もありました。あなたはすべての人を快く
受け入れました。そのためにだまされたことも数々あります。
金銭的にも大きな打撃を受けたこともあります。しかし、
あなたから後悔の言葉や相手を恨む言葉を聞いたことは
ありません。
あなたは私の父のようであり、兄のようであり、そして
時折見せるあの底抜けに無邪気な笑顔は、はるか年下
の弟のようでもありました。あなたは生活すべてがギャグ
でした。たこちゃん(たこ八郎さん)の葬儀の時に、大きく
笑いながらも目からはぼろぼろと涙がこぼれ落ち、出棺
の時、たこちゃんの額をぴしゃりと叩いては、「この野郎、
逝きやがった」と、また高笑いしながら大きな涙を流して
いました。あなたはギャグによって物事を動かしていった
のです。
あなたの考えはすべての出来事、存在をあるがままに
前向きに肯定し、受け入れることです。それによって
人間は、重苦しい陰の世界から解放され、軽やかになり、
また、時間は前後関係を断ち放たれて、その時、その場が
異様に明るく感じられます。この考えをあなたは見事に
一言で言い表しています。すなわち、「これでいいのだ」と。
今、2人で過ごしたいろんな出来事が、場面が、思い
浮かんでいます。軽井沢で過ごした何度かの正月、
伊豆での正月、そして海外への、あの珍道中。どれもが
本当にこんな楽しいことがあっていいのかと思うばかり
のすばらしい時間でした。最後になったのが京都五山の
送り火です。あの時のあなたの柔和な笑顔は、お互いの
労をねぎらっているようで、一生忘れることができません。
あなたは今この会場のどこか片隅で、ちょっと高い所
から、あぐらをかいて、ひじを付き、ニコニコと眺めている
ことでしょう。そして私に「おまえもお笑いやってるなら
弔辞で笑わしてみろ」と言ってるに違いありません。
あなたにとって死も1つのギャグなのかもしれません。
私は人生で初めて読む弔辞が、あなたへのものとは
夢想だにしませんでした。私はあなたに生前お世話に
なりながら、一言もお礼を言ったことがありません。それ
は肉親以上の関係であるあなたとの間に、お礼を言う時
に漂う他人行儀な雰囲気がたまらなかったのです。
あなたも同じ考えだということを、他人を通じて知りました。
しかし、今、お礼を言わさせていただきます。赤塚先生、
本当にお世話になりました。ありがとうございました。
私もあなたの数多くの作品の1つです。合掌。
平成20年8月7日、森田一義
Posted by 会長 at 00:06│Comments(10)
│ニュース
この記事へのコメント
凄いですよね・・・
これをアドリブで弔辞をした森田氏は天才ですね。
そして、この天才を見出した赤塚氏の才能も凄いです。
最後の1行
「私もあなたの数多くの作品の1つです」
コレを聞いたときは涙が出てきました。
これをアドリブで弔辞をした森田氏は天才ですね。
そして、この天才を見出した赤塚氏の才能も凄いです。
最後の1行
「私もあなたの数多くの作品の1つです」
コレを聞いたときは涙が出てきました。
Posted by ゆま坊
at 2008年08月20日 00:20

>ゆま坊さん
タモリさんにとって赤塚さんがどれだけ
特別な人であったかがわかりますよね。
素直な気持ちで言葉が次々と出てきたの
でしょうね。
それにしても凄すぎです。
タモリさんにとって赤塚さんがどれだけ
特別な人であったかがわかりますよね。
素直な気持ちで言葉が次々と出てきたの
でしょうね。
それにしても凄すぎです。
Posted by 会長
at 2008年08月20日 00:31

はじめまして、しのっちです。
先日は失礼いたしました(笑)
深い弔辞ですね・・・
今回初めて全文を読みましたが、これがアドリブとは・・・
「これでいいのだ」
何気なく聞いていた言葉でしたが、何か今後は今まで以上に意味を持つ言葉になりそうです。
「これでいいのだ」
今更ながらに赤塚不二夫という人間の大きさを知った気がします。
先日は失礼いたしました(笑)
深い弔辞ですね・・・
今回初めて全文を読みましたが、これがアドリブとは・・・
「これでいいのだ」
何気なく聞いていた言葉でしたが、何か今後は今まで以上に意味を持つ言葉になりそうです。
「これでいいのだ」
今更ながらに赤塚不二夫という人間の大きさを知った気がします。
Posted by しのっち at 2008年08月21日 15:27
オイラもその記事読みました!!
すごいっすよね。
でもタモさんのココロがコモッタ弔辞。
事前に台詞を書いておくより深いと思います。
何気なくコドモの頃みていた赤塚氏の漫画をもう一度読みたくなりました。
オイラも死ぬ時は『これでいいのだ』と思いたいものです。
ココロよりご冥福をお祈りいたします。
雅
すごいっすよね。
でもタモさんのココロがコモッタ弔辞。
事前に台詞を書いておくより深いと思います。
何気なくコドモの頃みていた赤塚氏の漫画をもう一度読みたくなりました。
オイラも死ぬ時は『これでいいのだ』と思いたいものです。
ココロよりご冥福をお祈りいたします。
雅
Posted by 雅
at 2008年08月21日 22:31

こんなアドリブは無理です。
ボキャブラリがないですから。
私は、原稿かきます。
ボキャブラリがないですから。
私は、原稿かきます。
Posted by かぼちゃのおばけ at 2008年08月21日 23:58
>しのっちさん
『これでいいのだ』というセリフ、ほんと
今まで以上に意味ある言葉になりそう
ですね。
『これでいいのだ』というセリフ、ほんと
今まで以上に意味ある言葉になりそう
ですね。
Posted by 会長 at 2008年08月22日 01:09
>雅さん
私もまだ改めて赤塚先生のマンガが読み
たくなりました。
昭和の時代をリードしてきた人達がいなく
なってしまうとほんと寂しいですね。
私もまだ改めて赤塚先生のマンガが読み
たくなりました。
昭和の時代をリードしてきた人達がいなく
なってしまうとほんと寂しいですね。
Posted by 会長 at 2008年08月22日 01:11
>かぼちゃのおばけさん
アドリブは全然だめだし、原稿も無理です。
俺、文才ないしなぁ。
でもなぜか、今文字関係の仕事してるし・・・・。やっぱり才能ある人には勝てない
です。
アドリブは全然だめだし、原稿も無理です。
俺、文才ないしなぁ。
でもなぜか、今文字関係の仕事してるし・・・・。やっぱり才能ある人には勝てない
です。
Posted by 会長 at 2008年08月22日 01:13
弔辞。あの状況の中、白紙でアドリブで読めるってスゴイですよね(汗)自分も弔辞を読むのはイヤだけど、マネしたいなぁ(爆)出来るわけナイなぁ(核爆)
Posted by 対岸 at 2008年08月23日 09:04
>対岸さん
タモリさん、なんでも前の晩にお酒を呑んで
帰宅したそうで、弔辞を書こうかと思ったらし
いがめんどうなのでやめたとか。
で、当日アドリブでここまで話ができるなんて
凄すぎです。
タモリさん、なんでも前の晩にお酒を呑んで
帰宅したそうで、弔辞を書こうかと思ったらし
いがめんどうなのでやめたとか。
で、当日アドリブでここまで話ができるなんて
凄すぎです。
Posted by 会長 at 2008年08月23日 13:03